近年、コンサルティングの現場で増えている悩み相談がある。「プレイヤー業務とマネジメント業務の同時遂行に押し潰されている」。
役職としてはマネジャー、評価軸としてもマネジャー、しかし実務は半分以上プレイヤー業務――この構造で疲弊しているマネジャーが、業種を問わず増えている。リクルートワークス研究所が2023年に発表した調査では、日本企業の課長級の 約65% が「プレイングマネージャー」であり、そのうち 約40% が役職継続に不安を感じていると報告されている[1]。
経営側の対応は「プレイヤー業務の縮減」「マネジメント時間の確保」――いずれも構造論として正しい。だが実装は難しい。事業の人員制約、コスト構造、メンバーの育成段階、組織の年齢構成――いずれも短期で動かない変数が、プレイング比率を高く保つ。
私が今回提案したいのは、構造論ではなく マネジャー個人の側からの応答 である。それも「気合で乗り切る」型の精神論ではなく、組織心理学の20年蓄積に立脚した、ジョブクラフティング という具体的な実践技法である。
ジョブクラフティング(Job Crafting)は、Amy Wrzesniewski(Yale)と Jane Dutton(Michigan)が2001年に Academy of Management Review に発表した概念である[2]。「与えられた職務」を、従業員自身がボトムアップで再設計するアプローチ を指す。
彼女らの研究のなかでもっとも有名なのが、米国の大病院の清掃員調査である[3]。同じ職務内容、同じ給与、同じ職場環境にもかかわらず、清掃員の中に二つのタイプが見出された。
第一のタイプは「これは清掃の仕事である」と認知している清掃員だった。仕事の意味づけは「与えられた業務の遂行」にあり、満足度はそれなりに留まった。
第二のタイプは「これは治療チームの一員としての仕事である」と認知している清掃員だった。彼らは、患者の家族との会話を能動的に増やし、医療スタッフの心理的負担を軽減する行動を自発的に組み込み、清掃時間を患者の状態観察に活用していた。同じ職務内容で、満足度・自己効力感・他者貢献感のすべてが顕著に高かった。
Wrzesniewski と Dutton が抽出したのは、ジョブクラフティングの3類型である。
3類型のうち、特に 認知クラフティング は、与えられた職務内容が変えられない場面でも実装可能な点で、プレイングマネージャーにとって決定的な意味を持つ。
その後の研究蓄積は厚い。Rudolph ら(2017)が Journal of Vocational Behavior に発表したメタ分析(K=122、N=35,670)は、ジョブクラフティング介入が ワーク・エンゲージメント(ρ=.45)、職務満足度(ρ=.37)、パフォーマンス(ρ=.30) いずれにも頑健に効くことを報告している[4]。Tims ら(2012)はジョブクラフティング尺度の信頼性・妥当性検証論文を発表しており(N=1,181、3つのサンプル、内的整合性 α=.79〜.89)、その後の介入研究の標準的測定ツールになっている[5]。本来の意味で「4〜8週間で15%向上」と言える単一介入研究は限定的だが、Demerouti & Bakker 系列の縦断研究(例:Tims, Bakker, Derks 2013)で類似の効果規模が複数報告されている[10]。
ここで覆したい通説は3点ある。
第一に、「やりがいは仕事内容で決まる」という素朴な見方。Wrzesniewski の清掃員研究は、同一職務でも認知クラフティングによって満足度が劇的に変わることを示した。やりがいは、職務の関数ではなく、職務 × 認知の関数である。
第二に、「天職を探す」言説。鈴木祐『科学的な適職』が259メタ分析から導出した結論は、「いまの仕事を天職に変える」のほうが科学的に支持されるというものだった[6]。Goethe の言葉――「成功とは自分のやっていることを好きになることである」――は、ジョブクラフティングの哲学的先取りとも読める。
第三に、「マネジャーは指示する人」という見方。書籍第1弾『Googleで学んだマネジャーの最優先事項』で展開した 焚き火メタファー(unblocker としてのマネジャー) は、メンバーのクラフティングを促進する役割と同型に重なる[7]。マネジャーの仕事は、メンバーに役割を与えることではなく、メンバー自身が役割を作り変える支援をすること である。
実務に翻訳しよう。本コラムのサブタイトルに掲げた 「ボトムアップ型の組織進化」 とは、個別のジョブクラフティングが集積したとき、組織全体の役割構造が制度設計を超えて変わる現象 を指す。トップダウンの役割設計を待たずに、メンバーの日常的なクラフティングが積み上がって組織を変える――これがジョブクラフティング研究の最大の含意である。Petrou ら(2018)が Journal of Management で示したのは、組織変革期にジョブクラフティングが多発する組織ほど変革の成功率が高いという所見だった[11]。
プレイングマネージャー個人レベルでは、セルフ・ジョブクラフティング の実装が起点になる。プレイヤー業務とマネジャー業務の比率を所与とした上で、(1)プレイヤー業務の内容を「育成機会」として認知クラフティングする、(2)マネジャー業務の関係性を「ロールモデル提示」として関係クラフティングする、(3)プレイヤー業務の進め方を「メンバーに見せる思考プロセス」としてタスククラフティングする――この3軸で自分の役割を作り変える。
これは精神論ではない。Wrzesniewski の3類型を、プレイングマネージャー固有の構造(二重負荷)に翻訳する具体技法である。
メンバー向けレベルでは、促進的ジョブクラフティング の実装が鍵になる。マネジャーが1on1のなかで、「いまのタスクを、自分なりに変えてみるとしたら、どこ?」「人間関係を作り直すとしたら、誰と?」「いまの仕事の意味を、別の言葉で言うとしたら?」――この3問を半年に1度問うだけで、メンバーの自律性は明確に変わる。
組織レベルでは、評価制度にクラフティング能力を組み込む ことが鍵になる。「与えられた職務を成果に変える力」だけでなく、「与えられた職務を自ら作り変える力」を独立評価項目として加える。これは Bersin(2024)が HR's 2030 Agentic Vision で論じた 役割の流動化 の系譜にある実装だ[8]。
天職を探さない。いまの仕事を、天職に変える。プレイングマネージャーの二重負荷を解くのは、メタ分析に裏打ちされたこのボトムアップの設計作業だ。
このシリーズ13本目にして、ようやく書籍第2弾「プレイングマネージャーの処方箋」(2027年1月刊行予定)のコア技法に到達した。書籍では、ジョブクラフティングをマネジャー実践のフレームとして展開する予定で、Wrzesniewski の3類型を「マネジャー版3類型」に翻訳し直す作業を進めている。
書籍第1弾の焚き火メタファー(着火・薪・灰取り)と本コラムのジョブクラフティングは、実は同じ構造を別の言語で言ったものだと、近頃気づいた。マネジャーの仕事は、火を絶やさず(タスク)、人を結び(関係)、意味を伝える(認知)――この3軸が両者で共通している。書籍第2弾では、この共通構造を明示的に論じる構想で進めている。フィードバックを歓迎する。
[1] リクルートワークス研究所(2023)「中間管理職に関する実態調査」.
[2] Wrzesniewski, A., & Dutton, J. E. (2001). Crafting a job: Revisioning employees as active crafters of their work. Academy of Management Review, 26(2), 179–201.
[3] Wrzesniewski, A. (2003). Finding positive meaning in work. In K. S. Cameron, J. E. Dutton, & R. E. Quinn (Eds.), Positive Organizational Scholarship. Berrett-Koehler.
[4] Rudolph, C. W., Katz, I. M., Lavigne, K. N., & Zacher, H. (2017). Job crafting: A meta-analysis of relationships with individual differences, job characteristics, and work outcomes. Journal of Vocational Behavior, 102, 112–138.
[5] Tims, M., Bakker, A. B., & Derks, D. (2012). Development and validation of the job crafting scale. Journal of Vocational Behavior, 80(1), 173–186.
[6] 鈴木祐『新版 科学的な適職』クロスメディア・パブリッシング、2024.
[7] 中谷昇・水野祐・morohashi(neo)共著『Googleで学んだマネジャーの最優先事項』Discover 21、2026.
[8] Bersin, J. (2024). HR's 2030 Agentic Vision. The Josh Bersin Company.
[9] Berg, J. M., Dutton, J. E., & Wrzesniewski, A. (2013). Job crafting and meaningful work. In B. J. Dik, Z. S. Byrne, & M. F. Steger (Eds.), Purpose and Meaning in the Workplace. American Psychological Association.
[10] Tims, M., Bakker, A. B., & Derks, D. (2013). The impact of job crafting on job demands, job resources, and well-being. Journal of Occupational Health Psychology, 18(2), 230–240.
[11] Petrou, P., Demerouti, E., & Schaufeli, W. B. (2018). Crafting the change: The role of employee job crafting behaviors for successful organizational change. Journal of Management, 44(5), 1766–1792.