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チームの「平時不作為体制」を破る──作為のリスクを引き受けるチーム設計

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2026-05-16
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## 草稿(iter 4 / 2026-05-16) # チームの「平時不作為体制」を破る:作為のリスクを引き受けるチーム設計

「決めない・動かない・保留する」が日常化するチーム

経営の現場でしばしば観察するのは、決して機能不全とは呼べないが、何かが動かないチームである。会議の出席率は高い。発言量も少なくない。心理的安全性は高水準を保っている。それでも、四半期末に振り返ると 「結局、何が決まったのか分からない」 状態が続く。

判断の保留、議題の棚上げ、決裁の差し戻し、合意形成のための再協議――いずれも一見「丁寧なチーム運営」に見えるが、累積するとチームの体力を蝕む。私はこの現象を、ジャーナリストの船橋洋一が国家論として論じた 「平時不作為体制」 のチーム単位での再来と捉えている[1]。

船橋は『戦後敗戦』のなかで、福島原発・コロナ対応・デジタル化遅延を貫いた一本の症候を抽出した。「作為のリスク」を恐れて「不作為のリスク」を肥大化させる構造である。この概念は国家・行政の文脈で展開されたが、企業のチーム単位で見たとき、驚くほど鮮明な診断ツールとして機能する。

通説の裏:沈黙は調和ではなく不作為の累積である

ここで覆したい通説は、3点ある。

第一に、「チームの慎重さは強みである」という見方。これは「作為のリスク」だけを計上し、「不作為のリスク」を会計しない半分の見立てである。決められなかったことのコスト、動かなかったことの機会損失、保留され続けた議題の累積――いずれもチームの決算書には乗らないが、確実に存在する。Kahneman & Tversky(1979)のプロスペクト理論が示した 損失回避バイアス(loss aversion) は個人の意思決定文脈で報告された効果量(β ≒ 2.25)だが、Sibony, Lovallo & Kahneman(2019)が MIT Sloan Management Review で論じたように、個人レベルの認知バイアスは組織の意思決定プロセスで希釈されるのではなく増幅される [2][5]。多数派同調・情報カスケード・責任分散の3つのメカニズムが、損失回避を集団の判断ループに固定する。チームの「決めない」習慣は、個人の β=2.25 が集団プロセスを通過した結果だ。

第二に、「沈黙は調和の証である」という見方。教育社会学者の勅使川原真衣は近著『組織の違和感』のなかで、「ジャッジメンタルになる前のもやもや」 という概念を提示している[3]。「あの人が嫌い」「あの案はダメだ」というジャッジに至る手前で、「なんか変だ」「腑に落ちない」と感じる解釈の違いの瞬間――これが「もやもや」である。勅使川原はこれを 訓練可能なスキル として位置づけ、ジャッジに至る前の段階でテーブルに乗せる対話技法を提案している。

私が論じたいのは、「もやもや」の沈黙が、チームの平時不作為のもっとも早期のシグナルだ ということである。誰もが何かを感じているが、誰もテーブルに乗せない――この状態が制度化したチームは、動かないチームの典型である。心理的安全性が高くとも、「もやもや」を言語化する訓練がないチームでは、不作為のコストが静かに累積していく。

第三に、「決断はリーダーの仕事である」という見方。これは戦前日本軍が陸海軍を統合できなかった構造、つまり「リーダー任せの統合機構」の現代版に近い。作為のリスクは、リーダーだけが引き受けるべきではない。チーム全員が「不作為のリスクを会計する」文化を持つことで初めて、平時不作為体制から脱出できる。

唯一の反例:「想定外をマネージした」組織

船橋『戦後敗戦』が指摘する唯一の反例が、福島原発危機における財務省である[1]。電力会社・規制当局・他省庁が判断停止するなか、財務省だけが「東京電力の財務破綻シナリオ」に対する作為のリスクを取り、最終的にプライベートとパブリックを切り分けた処理を主導した。組織として「想定外をマネージする」文化が、ここにはあった。

なぜ財務省だけが動けたのか。船橋の分析を圧縮すると、「不作為のコストを内部化する制度文化」 がここには存在していた、ということになる。財政破綻という不作為の帰結が、財務省内部のキャリア評価・組織アイデンティティ・歴史認識のなかに、明確に書き込まれていた。だから動けた。

この構造をチーム単位に翻訳するならば、「不作為のコストをチームの記憶に書き込む文化」 が鍵になる。「あのとき決められなかったから、いまこれだけ苦労している」という負の事例を、定期的にチームで言語化し、共有財産として蓄積する。これがなければ、心理的安全性が高いだけのチームは「快適な不作為」に陥る。

個人 × 組織の二層接続:「もやもや」を発掘する仕組み

マネジャーレベルでは、勅使川原の「もやもや発掘ワーク」を1on1 や週次レビューに組み込む価値がある。「いま、何かもやもやしていることは?」「ジャッジになる前の違和感は?」――この問いを習慣化するだけで、テーブルに乗らないシグナルの量が大きく変わる。私自身、自分のチームでこの問いを定期的に置くようになって、保留されていた論点が早期に表面化するようになった経験がある。

組織レベルでは、「不作為レビュー」の制度化 が鍵になる。経営会議や事業レビューに「今四半期、私たちは何を見送ったか」「見送ったことで何を失ったか」という独立議題を設ける。これは Beshears & Gino(2015)が HBR で論じた "leaders as decision architects" の系譜の実装と言える[4]。意思決定アーキテクチャを経営の議題として明示的に扱う ことが、平時不作為からの脱出の制度的条件である。

HR の役割は、マネジャー研修と評価に 「作為のリスクを引き受けた行動」を独立評価項目として加える ことだ。「決められなかったこと」を罰するのではなく、「決めようとして失敗した行動」を価値づける。この微差が、組織文化を年月をかけて変える。

いま、チーム経営が手を打つべき4つの実務

  1. 1on1 に「もやもや発掘」を組み込む――「いま、ジャッジになる前のもやもやが3つある?」を毎回の1on1 で問う。勅使川原型の対話技法を研修で標準化する。
  2. 不作為レビューの四半期定例化――四半期経営会議に「今四半期、私たちは何を見送ったか/見送ったために何を失ったか」を独立議題で30分確保する。
  3. マネジャー評価の「作為指標」追加――「決めようとして失敗した件数」「リスクを取った決断件数」を年次評価の独立スコアに加える。失敗回避率の評価は廃止する。
  4. 想定外マネジメント役の制度化――CSO/CRO ライン直下に「破綻シナリオから逆算する」専任機能を置き、四半期事業レビューに必ず参加させる。

結論

沈黙は調和ではない。不作為の累積である。チームの最大の罪は、決めなかったことだ。

編集後記

このコラムは「平時不作為体制」を扱う2本目(5/15 が組織レベル、本稿14/15 がチームレベル)である。シリーズを書き進めるなかで、勅使川原『組織の違和感』の「もやもや」概念が、船橋『戦後敗戦』の「不作為のリスク」概念と驚くほど鮮やかに接続することに気づいた。社会学と国家論の交差点に、現代のチーム経営の処方箋がある、というのが今回の論考での個人的発見である。

書籍第2弾「プレイングマネージャーの処方箋」(2027年1月刊行予定)では、「もやもや発掘」を1on1 のコア技法として位置づける構想を進めている。チーム単位の不作為からの脱出を、より具体的な対話技法とともに描きたい。フィードバックを歓迎する。

参考文献

[1] 船橋洋一『戦後敗戦──「国民安全保障国家」と「起業家国家」の構築を』、2026.
[2] Tversky, A., & Kahneman, D. (1991). Loss aversion in riskless choice: A reference-dependent model. Quarterly Journal of Economics, 106(4), 1039–1061.
[3] 勅使川原真衣『組織の違和感──結局、リーダーは何を変えればいいのか?』2025.
[5] Sibony, O., Lovallo, D., & Kahneman, D. (2019). A structured approach to strategic decisions. MIT Sloan Management Review, 60(3), 67–73.
[4] Beshears, J., & Gino, F. (2015). Leaders as decision architects. Harvard Business Review, 93(5), 52–62.
[5] Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica, 47(2), 263–291.
[6] Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
[7] Klein, G. (2007). Performing a project premortem. Harvard Business Review, 85(9), 18–19.
[8] 戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎『失敗の本質──日本軍の組織論的研究』ダイヤモンド社、1984.
[9] 勅使川原真衣『「働くということ」「能力主義」を超えて』集英社新書、2023.