2025年3月に公表されたフジテレビ第三者委員会の調査報告書は、393ページにわたって一つの問いを追跡している。なぜ、個々には有能であったはずの経営幹部たちが、あれほど愚かな判断を重ねたのか。
古賀史健『集団浅慮』(ダイヤモンド社, 2025)は、この報告書の「翻訳」を試みたビジネス書である。著者が報告書の中から拾い上げたのは「集団浅慮」という四文字だった。社会心理学者アーヴィング・L・ジャニスが1972年に提唱したこの概念は、ケネディ政権のピッグス湾侵攻やジョンソン政権のベトナム戦争エスカレーションなど、歴史的な意思決定の失敗を分析するなかで導き出されたものである。
ジャニスの発見は直感に反している。集団浅慮は、独裁者に率いられた愚かな集団ではなく、凝集性の高い——つまり「いいチーム」だと思われている集団で発生する。ギュスターヴ・ル・ボンが描いた群衆心理がカリスマ的指導者の扇動を前提とするのに対し、集団浅慮には独裁者すら必要ない。ぼんやりした生ぬるい空気のなかで、優秀であったはずの人たちが道を誤る。
ジャニスが同定した集団浅慮の8つの症状を、日本企業の文脈に翻訳してみる。
第一群:自集団の過大評価。 「不敗の幻想」——過度な楽観主義。業績好調な時期ほど発現しやすい。「道徳性への揺るぎない信念」——自分たちは正しい側にいるという無自覚な確信。
第二群:閉鎖的思考。 「警告の合理化」——不都合な情報を正常性バイアスで処理する。「敵のステレオタイプ化」——異論を唱える者を「わかっていない人」と分類する。
第三群:均一性への圧力。 ここが最も日本的に作動する。「全会一致の幻想」——トッド・ローズが指摘した「集合的幻想(Collective Illusions)」のメカニズムと同型で、実際には誰も賛成していないのに全員が賛成していると信じている状態が生まれる。「批判の自己検閲」——波風を立てたくないという個人の判断が、組織の意思決定から異論を消去する。「逸脱者への圧力」——「空気を読め」という暗黙の制裁。そして「心のガードマン(マインドガード)」——リーダーに不都合な情報を遮断する自発的な門番が出現する。
フジテレビの事案では、人事局長が「安全配慮義務の問題」「刑事告訴の可能性」を認識していたにもかかわらず、意思決定ラインから排除された。理解者がいても、構造が彼の声を無効化したのである。
ここで一つの逆説に直面する。Gallup の調査が繰り返し示しているように、エンゲージメントの高い組織は生産性が21%高く、離職率が低い [1]。チームの凝集性——メンバー間の信頼、一体感、帰属意識——はエンゲージメントの核心的な構成要素である。
しかし、ジャニスの理論はまさにその凝集性を集団浅慮の先行条件として指摘する。凝集性が高まるほど、メンバーは集団の調和を壊すことを恐れ、批判を自己検閲し、異論を封じ込める。エンゲージメントを高めるための施策が、そのまま集団浅慮のインフラになりうる。
この逆説を解くのは同質性の変数である。凝集性が同質性と結びついたとき——つまり似た経歴、似た価値観、似た人口動態属性の人間が強い仲間意識で結ばれたとき——集団浅慮が発現する。フジテレビの第三者委員会報告書259ページの指摘は端的だった。「同質性の高い壮年男性」。いわゆるオールドボーイズクラブである。
船橋洋一が名づけた「平時不作為体制」——作為のリスクを回避し続けた結果、不作為のリスクが肥大化する構造——は、集団浅慮の「批判の自己検閲」と「全会一致の幻想」が制度化された姿に他ならない。
デイビッド・A・トーマスとロビン・J・イーリー(ハーバード・ビジネス・スクール)のダイバーシティ3段階論は、集団浅慮への処方箋の解像度を上げる [2]。
第1段階:差別と公正性のパラダイム。 「我々に同化せよ」。属性の多様性は確保するが、同じ思考・行動様式を強要する。多くの日本企業のD&I施策はここに留まっている。この段階では、多様な人材がいても意思決定に多様性は持ち込まれず、集団浅慮は解消しない。
第2段階:アクセスと正統性のパラダイム。 「女性ならではの感性で」。特定の属性に特定の役割を割り当てる分離モデル。メインストリームのキャリアパスは閉鎖されたまま、孤島化する。
第3段階:学習と有効性のパラダイム。 「違いがあるからこそ、ひとつのチームをつくっている」。ここに到達して初めて、多様な視点が意思決定プロセスに統合され、集団浅慮の構造的な防御壁が機能する。
ロザベス・モス・カンターは1977年に「黄金の3割」理論を提唱した。意思決定層のマイノリティ比率が3割を超えると、トークン(象徴的存在)ではなくなり、集団の意思決定そのものに影響を及ぼせるようになる [3]。第3段階への移行には、この量的閾値の突破が不可欠である。
ジャニスの理論と本書の知見を統合すると、実務的な処方箋は以下のように整理される。
1. 意思決定層の属性多様性を可視化する。 タレントポートフォリオの一環として、取締役会・経営会議・部門長会議の構成を年齢・ジェンダー・出自・専門領域の軸で可視化し、カンターの閾値に照らす。
2. 制度的な「悪魔の代弁者」を設計する。 会議体に異論を提出する役割を制度として組み込む。ジャニス自身が推奨した手法であり、重要な意思決定の前に「この判断が失敗するとしたら、原因は何か」を強制的に検討する——ゲイリー・クラインのプレモータム技法と同型である。
3. 人権知識をアップデートする。 古賀は、日本の人権問題の根底にあるのは意識の低さではなく知識の不足であると指摘する。イプソスの国際調査(2018年、28カ国)で日本は人権知識の最下位だった。「ビジネスと人権」に関する国連指導原則(2011年)を経営層が理解していれば、フジテレビのような事態は異なる展開を辿った可能性がある。
4. 「もやもや」を意思決定のシグナルとして扱う。 組織心理学者の勅使川原真衣が指摘する「もやもや」——言語化以前の違和感——は、集団浅慮の初期シグナルである。この違和感が自己検閲で消去される前に、安全に表出できるチャネルを設計する。
集団浅慮の怖さは、それが愚かな集団ではなく優秀な集団で発生することにある。凝集性を壊す必要はない。必要なのは、凝集性に多様性を注入することである。
ブレイディみかこは書いた。「知らないことは、知るときが来れば、その人は無知ではなくなる」。集団浅慮を抜け出す旅路は、人権知識のアップデートから始まる。
『嫌われる勇気』で知られる古賀史健さんが、あのフジテレビ問題をなぜ書いたのか。本書を読み終えて、これは「翻訳」の仕事なのだと思い至った。393ページの第三者委員会報告書は専門文書として正確だが、読者には届きにくい。それをビジネス書という言語に翻訳し、「あなたの組織に潜むフジテレビ的ななにか」に光を当てた。
私はパーソナリティ・アセスメントの設計に携わる立場から、この本を「同質性の定量化」という視点で読んだ。意思決定層の属性構成をデータで可視化し、カンターの閾値で診断する。そんな実装が、一社でも集団浅慮を未然に防ぐことにつながればと考えている。
[1] Gallup (2024). State of the Global Workplace Report. エンゲージメント上位四分位の事業部門は、下位四分位と比較して生産性21%高、離職率18-43%低。
[2] Thomas, D. A. & Ely, R. J. (1996). Making Differences Matter: A New Paradigm for Managing Diversity. Harvard Business Review, 74(5), 79-90.
[3] Kanter, R. M. (1977). Men and Women of the Corporation. Basic Books.
[4] Janis, I. L. (1972). Victims of Groupthink. Houghton Mifflin.
[5] Rose, T. (2022). Collective Illusions: Conformity, Complicity, and the Science of Why We Make Bad Decisions. Hachette.
[6] 古賀史健 (2025).『集団浅慮:「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』ダイヤモンド社.
[7] 船橋洋一 (2025).『戦後敗戦』.