BCG・HBSの研究チームが北米小売企業で実施した大規模調査は、「仕事を楽しんでいる従業員」が複数年にわたって時間当たり売上高で約25%高い実績を残すことを示した。驚くべき発見は数値そのものではなく、給与や勤務条件よりも「評価されている」「有意義な仕事をしている」という感情的なニーズの方が定着率とパフォーマンスの真の予測因子だという点、そして従業員を顧客セグメンテーションと同等の手法で8タイプに分類することで「一律エンゲージメント施策」から「セグメント別設計」へと移行できることだ。エンゲージメントをスコアとして追うのではなく、データとして解剖する時代が来た。
エンゲージメント調査の結果が出るたびに、私は同じ問いに戻る。「この数字は何を意味しているのか」。スコアが上がれば「改善傾向」と報告される。でも何が改善し、誰が変わり、それがどのビジネス成果につながっているのかは、多くの場合わからないままだ。
2026年3月にHBR.orgに掲載された研究が、このもやもやを別の角度から切り取った(1)。著者のLovichら(BCG・HBS共同チーム)は、北米のアパレル小売企業で従業員90%以上が参加した大規模調査を実施し、従業員の「喜び」と財務成果の関係を定量的に解明した。方法論として特徴的だったのは、一般的なエンゲージメント調査とは異なり、個々の回答を時間当たり売上高、顧客満足度、定着率という具体的な成果指標に直接結びつけた点だ。そして、顧客分析で使われる統計的セグメンテーション手法を従業員に適用した。「顧客をセグメント化するのと同じ厳格さで、従業員を理解する」——この発想の転換が、今回の研究を単なるエンゲージメント調査と一線を画するものにしている。
研究チームが明らかにした最も明快な発見は、「仕事を楽しんでいる従業員は、複数年にわたり時間当たりの売上高が25%高かった」という事実だ(1)。
この数字自体に驚く人は少ないかもしれない。「やる気のある社員の方が成果を出す」は多くの人が直感的に知っている。問題は、多くの組織がこの関係を「感覚的な真実」として扱ってきたことにある。感覚は施策に転化しにくい。25%という定量的なギャップは、CFOを議論の席に引き込む数字だ。
さらに研究チームは、「喜びの度合いが高い従業員の割合が1ポイント増加するだけで、年間総売上高の約0.25%に相当する売上増につながる」と報告している(1)。一見小さな数字に見えるが、従業員構成全体をどう変えられるかによって累積する効果は大きく、適切な施策を組み合わせることで総売上高が年5〜10%増加するシミュレーションも示されている(1)。
私がこの研究で最も価値があると感じたのは、数値の大きさではなく「何が定着とパフォーマンスを決めているか」という分析の部分だ。
研究チームは高度な相関分析により、直接「何が重要か」を聞くと給与や勤務条件が上位に来るが、実際の定着率とパフォーマンスの予測因子として機能していたのは、「学習と成長の機会」「価値を認められているという感覚」「有意義な仕事」「明確なキャリアパス」という感情的・関係的ニーズだったことを明らかにした(1)。処遇は条件であり、エンゲージメントの基盤ではあるが、それ自体は動機の源泉ではなかった。
これはHR実務者にとっては腑に落ちる発見でもある。給与を上げても離職が止まらない現象は現場では珍しくない。ただ、「なんとなくそう思う」から「統計的に確認された」へと格上げされたことで、経営層への説明のロジックが変わる。「報酬設計より感情的つながりの設計に投資すべき理由」を、データとともに語れるようになる。
今回の研究がパーソナリティ・行動科学の視点から特に興味深いのは、従業員を8つのセグメントに分類した点だ。スキルアップを志向する若手(志の高い見習い)、仕事とライフの両立を動機とする中堅(忠実な両立者)、顧客とのつながりにこそ意義を見出すベテランパートタイム(熟練のパイプ役)——これらは全く異なるニーズの束を持っている。
特に経営陣を驚かせたのは、最高業績グループがキャリア後半のパートタイム従業員で構成されており、彼らが昇進や勤務スケジュールの最適化よりも「敬意」「コミュニティ」「意義ある仕事」を求めていたという発見だ(1)。昇進制度や給与改善ではなく、コミュニティの質と感謝の表現が、このグループのパフォーマンスを支えていた。
この8タイプの示唆は明快だ。「エンゲージメントスコアを1点上げる」という目標設定は、全従業員を均質な塊として扱っている。セグメントが異なれば、何が喜びをもたらすかも違い、何が離職を誘発するかも違う。HR施策を一律に設計するコストと、セグメント別に設計するコストを比較したとき、今の分析技術があれば後者の実現可能性は格段に上がっている。
最近、ある大手エネルギー企業で500人・9職種にわたる人材ポートフォリオの見直しを進めている。このプロジェクトで私たちが強調しているのが「スキルだけでなく、パーソナリティとジョブフィットを統合した人材言語化」だ。Lovichらの研究が示したことと根は同じだと感じる。人をどのカテゴリで捉えるかが、施策の設計可能性を規定する。
「この従業員は『伸び悩む稼ぎ手』なのか、それとも適切な機会が与えられていないだけの『志の高い見習い』なのか」——この問いを立てるだけで、介入の選択肢が変わる。セグメントが曖昧なままでは、一律の研修や一律の報酬改善しか打ち手がない。
別の案件では、新卒選考の設計に関わっているが、そこで繰り返し出てくる問いも同じ構造を持つ。「どんな人をどんな職種に配置するか」だけでなく、「その人が配置先で喜びを感じられるか」まで射程に入れた設計ができるか。今回の研究が示す「感情的ニーズの地図」は、配置設計と入社後の定着設計の両方に使える道具だ。
今回の研究を踏まえて、私はCHROに三つの問いを持ち帰ってほしいと思う。
自社の従業員セグメントを把握しているか。 エンゲージメントスコアの全社平均は、多様なニーズを平均化した数字だ。その中に、どんなセグメントがどれくらいの割合で存在し、何がそれぞれの定着とパフォーマンスを決めているかを把握しているか。
「処遇の改善」と「感情的つながりの強化」に、どの割合で投資しているか。 データが示すのは、感情的ニーズへの投資の方が定着率とパフォーマンスの改善に効く、ということだ。現在の施策ポートフォリオはこの優先順位を反映しているか。
共創のプロセスが設計に組み込まれているか。 今回の事例が示すもう一つの重要な点は、施策の立案に従業員代表が参加したことだ。解決策の実効性は、当事者が設計に関わることで高まる。「HR部門が考えて展開する」構造から、「現場が共に作る」構造への転換を、どう進めているか。
顧客分析と同じ厳格さで従業員を理解することは、技術的には今すでに可能だ。問いは「やれるか」ではなく「やるか」にある。
(2026年6月 諸橋峰雄)
参照
(1)Deborah Lovich, Hubert Joly, Chennault Taylor, "Leaders Underestimate the Value of Employee Joy," HBR.org, March 24, 2026. https://hbr.org/2026/03/leaders-underestimate-the-value-of-employee-joy
この研究を読んで、「なぜ顧客分析の方法論を従業員に使わなかったのか」という問いの方が気になった。技術は昔からあった。データも取れていた。それでも従業員理解に高度な分析を持ち込むことを、組織は長らく避けてきた。
その理由の一つは、従業員をセグメント化することへの心理的抵抗だと思う。「タイプ分け」は時に差別的な運用につながりうるという懸念がある。ただ、今回の研究が示したのは、「全員を同じように扱う一律施策」の方が、むしろ各人の固有のニーズを見えなくしているという逆説だ。
書籍第2弾「プレイングマネージャーの処方箋」でも、一線級のマネジャーがどうメンバーの「喜び」を引き出すかを中心テーマに据えようとしている。今回の研究は、その構想に定量的な背骨を一本加えてくれた。次回は、8タイプ分析をどう実務の1on1設計に応用するかを考えてみたい。