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マネジャーはなぜ詰むのか(書籍第2弾 第1章ドラフト)

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2026-07-19
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📌 サマリー

書籍第2弾「プレイングマネジャーの処方箋」第1部・第1章のドラフト。冒頭に6コマの漫画ネーム指示(ハジメ課長の"二度目の最悪の夜")を置き、前作で「リーダーの資質とは何か」の答えにたどり着いたはずのハジメが、それでも一日の構造に押し潰される様を描く。地の文パート(2.1〜2.8)では、読者の「自分の能力不足」という自己誤診を、プレイングマネジャー兼務率99.5%というデータ・過渡期のはずの状態が固定化した経緯・上下横+制度の圧力構造・カレンダー割り込みの力学・二種類の詰み方(空洞化/不可欠化)・犯人探しの解体を通じて反証し、「苦しさの正体は仕事の設計にある」という核心命題に着地させる。章末は第2章(マネジャーが提供する価値を変える)への接続で締める。

## 草稿(iter 3) (以下、本文)

【漫画ネーム指示】ハジメ課長の"二度目の最悪の夜"(6コマ)

〔ねらい〕読者を「これは自分の話だ」の体温に引きずり込む。第1作の続きとして、テツコの「リーダーの資質とは何か」の宿題を経て一度は答えにたどり着いたはずのハジメが、それでもなお"一日の構造"に押し潰されていく様子を、説明ゼロ・体感で見せる。ハジメは成功者の見本ではなく、読者と同じ底にいる仲間。第1作との接続を冒頭1コマで張る。最後は怒りでも涙でもなく、静かな空白で引く。

コマ0(扉裏・接続の一コマ)ーー回想のテツコ

絵柄:画面の隅に、第1作のテツコがうっすら回想で重なる。中央は、あれから数年が経った相澤ハジメの後ろ姿。少しだけ貫禄がついている。

ナレーション(小さく):「『リーダーの資質とは何か』――テツコさんに、そう問われた夜から、数年。ハジメは、自分なりの答えを見つけたつもりでいた。」

間の指示:「つもりでいた」に薄く影をかける。読者に"もう一度詰むのか"という不穏を予感させる。

コマ1ーー朝、まだ誰もいないオフィス

絵柄:始業前のフロア。ハジメだけが自分のノートPCに向かい、自分の数字(個人の営業案件)の資料を黙々と作っている。コーヒーは手をつけられず冷えている。

セリフ(ハジメ・モノローグ):「午前のうちに、自分の案件だけは片づけておかないと……」

間の指示:背景の時計は8時すぎ。静かで、まだ"いい一日"に見える。読者を油断させる。

コマ2ーー会議と会議のあいだ(昼〜午後)

絵柄:廊下を早足で移動するハジメ。両手に書類、スマホには通知が3件、すれ違う部下が口を開きかけている。吹き出しが四方から降ってくる構図(上から・下から・横から)。

セリフ(降ってくる声):上司「あの件、役員説明の資料、今日中に直せる?」/部下「課長、これどう進めれば……?」/他部署「すみません、調整お願いできます?」

間の指示:ハジメの顔は描かない(背中・後頭部だけ)。声に埋もれて表情が見えない=主体が消えている演出。

コマ3ーー部下の「脊髄反射の引き取り」

絵柄:部下のデスク横にしゃがみ込み、ハジメがマウスを握って画面を操作している。部下はぽかんと見ているだけ。

セリフ(ハジメ):「あー、いい、いい。俺がやった方が早いから。次の会議、出ちゃって」

間の指示:背景にうっすら、本当はやるはずだった"自分の本来の仕事"のリスト(戦略・1on1・育成)が付箋で貼られ、誰にも触られないまま色あせている。テツコに学んだはずの「人は思い通りに動かない/待つ」が、ここで真逆に裏返っているのを暗示。

コマ4ーー定時後、ようやく自分の番

絵柄:フロアの照明が半分落ちている。ハジメだけが残り、ここでようやく午前に手をつけた自分の数字の続きに戻る。窓の外は真っ暗。

セリフ(部下A・帰り際、悪気なく):「お疲れさまでーす。あ、課長。俺、課長みたいに忙しくなりたくないんで、昇進は遠慮しときます」

セリフ(ハジメ):「……あ、うん。お疲れ」

間の指示:部下は笑顔。ハジメは笑い返そうとして、半分しか口角が上がらない。

コマ5ーー終電前のホーム(章扉へ引く一コマ)

絵柄:駅のホーム。ガラガラの夜。ハジメが一人、ベンチにも座らず立ち尽くしている。電光掲示板に「最終 23:48」。

セリフ(ハジメ・モノローグ・小さく):「あんなに考えて、答えを出して、課長になったはずなのに……どうして、また、ここに立ってるんだろう」

間の指示:問いに答えは出さない。第1作の振り出しに戻すのではなく、"一度答えを出した人がまた詰んだ"という、この本固有の絶望として描く。沈黙のまま次ページの本文へ。読者の胸に同じ問いを残して開く。

【図:扉ページ ― このコマ5を背景に、章タイトル「マネジャーはなぜ詰むのか」を重ねる】


2.1 あなたが、自分に下してきた誤診

漫画のハジメが過ごしたあの夜を、あなたもきっと、どこかで一度は過ごしたことはないでしょうか。そして家に帰る電車のなかで、あるいは眠れない布団のなかで、こんなふうに結論づけているかもしれません。

「結局、自分の段取りが悪いんだ」
「もっと要領よくやれば、こんなことにはならないはずだ」
「上司も部下も、できるマネジャーなら、もっとうまくさばいているんだろう」
「自分は、マネジャーの器じゃないのかもしれない」

段取りが悪い、要領が悪い、器が足りない、根性が足りない。苦しさの原因を、まるごと自分の能力に押しつけてしまう―そう考えてしまう人は多いと思います。

けれど、それはたぶん間違っています。あなたに足りないのは能力ではありません。仕事をどう整理し、何を手放すかを、誰も教えてくれなかっただけなのです。上司も、会社の研修も、「プレイヤーの仕事を続けながらマネジメントもする」という働き方そのものを設計し直す方法は、示してくれませんでした。だから、あなたは自己流で、増え続ける仕事をただ受け止め、こなし続けるしかなかった。

この章でやりたいのは、あなたに対する慰めの言葉をかけるのではなく整理です。あなたの苦しさが、どこから、どんな仕組みで来ているのかを、紐解いていきます。

2.2 あなただけじゃない ― 課長の99%と、いちばん尖った先端領域

まず、ひとつの事実をお伝えします。

あなたが、特別に要領が悪いわけではありません。日本のマネジャーは、そのほとんどが、あなたと同じ「プレイングマネジャー」です。管理職でありながら、自分の担当業務(プレイヤーの仕事)を抱え続けている課長は、ある調査では99.5%、ほぼ全員にのぼります(注1)。

この数字の意味を、少しだけ考えてみましょう。もし「プレイングしながらマネジメントする」のがあなた一人の特殊事情なら、それはあなたの工夫不足かもしれません。でも、ほぼ全員がそうなっているのなら、それはもう個人の問題ではないでしょう。それは、その役職にあらかじめ組み込まれた「標準仕様」なのです。あなたはハズレくじを引いたのではなく、全員に与えられた役割に過ぎないのです。

もうひとつ、別の数字も添えておきます。近年、「管理職になりたい」と考える人の割合は、年々下がり続けています。国際比較で見ても、日本は管理職への意欲がもっとも低い部類の国です(注2)。これは、若手が怠けているということではないと思うのです。みんななりたがられない椅子に、あなたはいま座っている。それは、あなたの努力不足が招いたことでは、決してありません。管理職の現状を「罰ゲーム化」と指摘する研究者もいます(注6)。

ここで、世界にも目を向けておきましょう。「これは日本だけの話ではないらしい」という確認のためです。

マネジャーが見る部下の数(管理スパンといいます)は、この十数年で世界的に膨らんだと言われます。ある調査では、マネジャー一人あたりの部下数が、十年あまり前と比べて約五割ふえたと報告されています(注3)。部下が増えれば、一人ひとりに向き合える時間は当然少なくなります。世界中のマネジャーが、より限られた時間で増えた部下を見ようとして、苦しんでいるのです。

つまり、あなたの苦しさは、世界規模の地殻変動の上に乗っていると言ってもいい。ただ、その地殻変動がいちばん深い亀裂となって表れているのが、ほかでもない日本のプレイングマネジャーなのです。世界のマネジャーが数十年かけて緩やかに経験してきた変化を、もっとも濃縮された形で引き受けているということです。では、なぜ日本でだけ、こんなになってしまうのでしょうか。その答えを、次の節で探っていきます。

2.3 本来、プレイングマネジャーは過渡期の姿である

本来、プレイングマネジャーとは、プレイヤーがマネジャーへと役割を移していく過程で一時的に現れる、いわば「過渡期の状態」であるはずです。優秀なプレイヤーがいきなり現場から完全に離れることは難しい上に、顧客との関係、専門知識、現場感覚、重要案件への責任もあります。そのため、一定期間はプレイヤーとしての仕事を抱えながら、少しずつチームを任せ、人を育てたり、組織として成果を出す役割へと移行していくというアプローチが取られることがあります。この移行期間としてのプレイングマネジャーは、決して不自然なものではありません。

欧米にも、Front Line Manager やHands-on Managerという現場マネジャーに当たる役割はあります。ただし、そこで想定されているのは、マネジャーが常に一担当者として現場業務を大量に抱え続ける姿ではありません。あくまでも主たる仕事はマネジメントであり、重要なディール、主要アカウント、難易度の高いプロジェクトなど、チーム全体に大きな影響を与える場面で現場に入り、方向づけや意思決定を支援する。つまり、現場に「戻る」ことはあっても、現場に「埋もれる」ことが本来の姿ではないのです。

ところが日本では、この過渡期の状態がそのまま固定化してしまっているケースが少なくありません。優秀なプレイヤーをマネジャーに昇格させながら、担当業務は十分に手放させない。人員不足をマネジャーの頑張りで埋める。組織をフラット化した結果、マネジャー一人あたりの守備範囲が広がる。さらに、「現場を知らない管理職は価値がない」という空気が強いため、マネジャー自身も現場から離れることに後ろめたさを感じてしまう。こうして、プレイングマネジャーは一時的な移行形態ではなく、日本企業における標準装備のように定着してしまったのです。

しかし、これは本来、健全な状態ではありません。マネジャーが自分の担当業務に追われ続ければ、チームの方向づけ、人材育成、業務設計、意思決定の質を高める仕事に十分な時間を使えなくなります。結果として、メンバーは育たず、仕事は移譲されず、マネジャーはますます忙しくなる。目の前の業務は何とか回っているように見えても、組織としては「明日の成果をつくる力」が弱くなっていくのです。

だからこそ、プレイングマネジャーという状態を「仕方のない現実」として放置してはいけないのです。マネジャーが現場を手伝うことそのものを否定しているのではありません。マネジャーの主たる仕事がいつまでも現場業務の延長線上に置かれ、マネジメントの仕事が後回しにされ続けることが問題なのです。では、なぜマネジャーの業務量は減らないのか。

日本の時間当たり労働生産性は、G7各国の中で最も低いことはよく知られています(注9)。多くの人が長時間働いているにもかかわらず、それが成果に結びついていない ー この国レベルのねじれは、驚くほど正確な縮図として、あなたの会社でも起きているかもしれません。一方で、生産性の研究を追っていくと、意外な事実に行き着きます。労働時間を減らせば生産性が上がる、という単純な相関関係は成立しないのです(注10)。本当の問題は時間の「量」ではなく、その時間が何に配分されているか——限られた時間という資源が、成果を生む活動へときちんと再配分されているかどうかにあります。プレイングマネジャーの「詰み」も、まったく同じ場所から生まれるのです。プレーヤーとしての仕事を一つも手放さないまま、マネジャーとしての仕事を積み増していくと、何が起きるのでしょう。労働時間は増え続けながら、その時間は「自分がこなす仕事」に食われ続け、「人を通じて成果を何倍にも増幅する」という、マネジメント本来の仕事には一向に振り向けられません。気づいた時には、自分の24時間の限界が、そのままチーム全体の成果の限界を決めてしまうことになるのです。

次に、その構造をもう少し詳しく見ていきましょう。

2.4 圧力の解剖図 ― 上・下・横、そして本丸

なぜ、日本でだけこんなにプレイングマネジャーの問題が取り上げられるのでしょうか。その答えにたどり着くために、まずは「なんとなく全部つらい」という塊の正体を、紐解いていきたいと思います。苦しさは、塊のままだと、どう手をつけていいか分かりません。だから、あなたが感じている苦しさを、まずはいくつかの方向から一つずつ確かめていきましょう。

その苦しさはざっと3つの方向からやってきます。

上から。 上司の無茶振り。役員説明の資料を、深夜に一人で作り直す。予算責任は重くなる一方なのに、達成の手段は減っていく。上司もまた、そのまた上から数字を背負っているので、力は止まらずあなたに降りてきます。

下から。 「これ、どうすればいいですか?」「なんでこれやるんですか?」という部下からの問い。一つひとつは小さくても、それが一日中、不規則に降ってくる。コンプライアンス、ハラスメントへの配慮、若手の育成、メンタルケア―かつての上司が背負わなくてよかった責任が、いまのあなたには標準装備されています。しかも管理スパンが広がり、部下が5人から十数人へと増えれば、本来は一人ひとりと向き合うはずの1on1も、いつしか形だけのものになっていきます。人の出入りも増えれば、相手の人となりも理解できないのでコミュニケーションミスも起きるでしょうし、期待値が十分にすり合わせられなくなります。

横から。これがいちばん厄介かもしれません。他部署との調整、部門間の伝書鳩、なんなら慶弔の手配まで。誰の担当とも決まっていない仕事というのは、どこへ流れ着くものなのでしょうか。「これ、誰の担当?」と一度宙に浮いたボールは、不思議なことに、回り回って、最後はたいていあなたのデスクにそっと置かれていきます。上でも下でもなく、横からそっと。気づいたときには、もうあなたの手のなかにあるのです。

ここまでは、想像のついた方も多いかもしれません。けれど、もうひとつ、見落とされがちな要因があります。あなたの「役割」に、そもそも明確な線が引かれていないことです。多くの日本企業では、「あなたの仕事はここからここまで」という境界が、はっきり決められていません(注4)。だから、誰の担当か決まっていない仕事が発生したとき、それは自然と、いちばん断りにくい立場―マネジャーのところに集まってきます。

これは、あなたの会社だけの特殊事情ではなく、多くの日本企業に共通する働き方の癖です。だからといって「会社の制度が全部悪いのだから、自分にはどうしようもない」というつもりはありません。むしろ逆です。線が引かれていないなら、その線を、あなた自身が引き直すことができる―これは本書の後半でじっくり扱います。ここではひとまず、「マネジャーは、本来の役割を超えた仕事まで、無自覚に抱え込みやすい」という事実だけを、覚えておいてください。

2.5 時間は、どこへ溶けるのか

圧力の方向が分かっても、まだ謎が一つ、残っています。あなたは、ちゃんと働いています。サボってなどいません。それなのに、なぜ一日の終わりに「自分の本来の仕事」が、なかなか進んでいないのでしょうか。時間は、いったいどこへ消えてしまったのでしょう。

ここに、プレイングマネジャーを蝕む、ひとつの残酷な事実があります。マネジメントの仕事は、カレンダーの予定に入る。けれど、プレイングの仕事は、割り込みで入る。この違いが、思っているよりずっと深く効いてくるのです。

戦略を考える、部下と1on1をする、育成の計画を立てる―こうした本来のマネジメント業務は、たいてい「来週の火曜14時」のように、予定として置かれます。そして予定であるがゆえに、もっと急ぎの何かが割り込んできたとき、いちばん先に「また今度」と動かされてしまう。一方、プレイングの仕事や、部下からのエスカレーションは、割り込みでやってきます。「課長、今すぐ確認お願いします」「客先がカンカンで」―これらは予定表に載っていません。突然、いまこの瞬間に発生して、即応を求めてくるのです。

すると、何が起きるでしょうか。優先度が低く、削られるのは、いつも予定の側、つまりマネジメントの側です。割り込みは、削れない。削れないものが優先され、削れるものが後回しにされる。これを毎日くり返すうちに、あなたの一日は割り込みで埋め尽くされ、本来の仕事は「定時後」という、誰も守ってくれない時間帯へと追いやられていきます。

しかも、割り込みは連鎖します。一つのエスカレーションに対応すると、その対応がまた別の確認を生み、その確認が会議を生み、会議が宿題を生む。割り込みに即応し、会議に出て、承認し、押印して―そうしてようやく、自分の数字は定時後にまわされる。時間は、ある日突然に蒸発するのではありません。毎日の小さな割り込みが、少しずつ確実に飲み込んでいくのです。

そして近年、もう一つの要素が加わりつつあります。AIです。これまで部下やあなた自身が担っていたプレイヤー業務の一部を、AIが肩代わりしはじめている。本来なら、それで空いた時間を、人にしかできない仕事(部下に向き合い、伴走し、育てること)に振り向けられるはずです。けれども現実には、空いたそばから別の割り込みが流れ込み、結局その時間は生まれないまま消えていく。人にしか手渡せないはずの時間が、いちばん先に削られていく。こんなことが起きているのです。

ここで一つ、大事なお断りを。私たちはいま、「だからこう削りましょう」とは言いません。それは第二部の、処方の領分です。この章でやるのは、あくまで「どこで時間とエネルギーが溶けているか」を見ること。痛みの出どころを、まず特定する。治療は、診断が終わってからです。

2.6 詰み方には、二種類ある

すべての圧力を、断ることもできないまま、受け続ける。その果てに、人はどちらかの極へと流れ着きます。詰み方には、一見すると正反対なのに、根っこは同じ、二つの種類があるのです。

ひとつは、「存在意義がなくなる」型です。割り込みと自分の数字に追われ続けた結果、本来のマネジメント―方向を示す、育てる、判断する―に使う時間が、気づけばゼロになっている。あなたがいてもいなくても、チームの動きは変わらない。たしかにそこに存在しているのに、その存在の意義のほうが、だんだん見えなくなっていきます。

もうひとつは、「いないと回らない」型です。「自分でやった方が早い」を口癖に、すべてを自分の手に引き取り続けた結果、あなたが一日でも抜けると、チームが止まってしまう。一見、頼られていて立派に見えます。けれど、これは部下から「成長する機会」を奪い、自分から「休む自由」を奪った状態でもあるのです。

すべてを受け続けた帰結が、片や「空洞化」、片や「不可欠化」。入口は一つなのに、出口は二つあるのです。

前節で見た二つのマネジャーの顔と重ねてみることもできます。「プレイングだから仕方ない」と言い訳をして、本来のマネジメントから手を引いていけば、やがて「存在意義がなくなる」型へ。「私がいないと回らない」と仕事を抱え込み続ければ、そのまま「いないと回らない」型へ。もちろん、これはきれいに二分されるものではありません。言い訳でプレイングに逃げているうちに、いつのまにか現場の細部を握りすぎて、気づけば「いないと回らない」状態になっていた、という方も多いはずです。どちらの顔も、結局は同じ「断れない器」から生まれているからこそ、人によって出口が入れ替わってしまうのですね。

では、あなたはいま、どちらに傾いているでしょうか。ハジメと一緒に、採点してみませんか。

〔自己診断チェック〕あなたは"存在意義がなくなる"型か、"いないと回らない"型か

次の8問に、YESかNOで答えてみてください。

  1. 自分が抜けると止まってしまう業務が、3つ以上ある
  2. 部下の質問に、つい脊髄反射で即答・即対応してしまう
  3. 「自分でやった方が早い」が、ほとんど口癖になっている
  4. マネジメントらしい仕事は、たいてい定時後にやっている
  5. この1週間で、マネジメントだけに使えた時間が何分か、答えられない
  6. 育成や1on1を、「また今度」と先送りしている
  7. 自分の(マネジャーとしての)存在意義を、最近うまく説明できない
  8. 自分が休んでも、チームが回る自信がない

YESが多いほど、あなたは「詰み」のどこかに、深く入り込んでいます。とくに1・3・8にYESが集まる人は「いないと回らない」型、5・6・7にYESが集まる人は「存在意義がなくなる」型に傾いているのかもしれません。あなたは、どうだったでしょうか。

そして、この詰み方の本当の重さは、時間や業務量ではなく、感情のほうに表れます。

プレイングマネジャーの罪悪感は、三重に重なっています。部下を、ちゃんと育てられていないという罪悪感。自分の数字も、満足に出せていないという罪悪感。そして、その帳尻を合わせるために、家庭や自分の時間を犠牲にしているという罪悪感。仕事でも、現場でも、家でも、どこにいても、「ちゃんとできていない自分」に責められてしまう。逃げ場が、どこにもないのです。

この三重の罪悪感を抱えたまま走り続けると、人の心は、やがてある防衛反応を起こします。期待する、けれど届かない、そして自分を責める。これをくり返すうちに、いつしか期待することそのものを、やめてしまうのです。「どうせ無理だ」「こんなものだろう」と、自分への期待値をそっと下げて、痛みを感じないようにする。心理学でいう「学習性無力感」を思わせる状態です(注8)。

2.7 誰も悪くないのに、全員が詰む

ここまで来ると、当然、犯人を探したくなります。この苦しさを、いったい誰のせいにすればいいのか。一人ずつ、確かめていきましょう。

上司が悪いのでしょうか。無茶を振ってくるのは、確かに上司です。でも、その上司もまた、さらに上から数字を背負わされ、削れない予定のなかで動いています。上司を一人すげ替えたところで、その椅子に座った次の人が、また同じ無茶を降ろしてくる。容疑は、上司個人にはとどまりません。

では、部下が悪いのでしょうか。正直に言えば、一日中エスカレーションを上げてくる部下に、つい矛先を向けたくなる夜も、あるかもしれません。けれど、少し立ち止まって考えてみてください。部下が自分で判断できないのは、あなたが「自分でやった方が早い」と、判断する機会を引き取り続けてきたからでした。そして、あなたがそうせざるを得なかったのは、割り込みを断る線が、そもそもなかったからです。部下は、育つ時間を構造に奪われた側であって、加害者ではありません。

それなら、あなたが悪いのでしょうか。ここまで、私たちは一つずつ、丁寧に確かめてきました。マネジャーのほぼ全員が、同じ過積載を負っていること。圧力を吸い込む器が、制度でできていること。時間が、決まった力学で溶けていくこと。「プレイングマネジャー」という言葉そのものが、すでに病名だったこと。正反対の詰み方が、同じ構造から生まれること。これだけの証拠が出そろってもなお、「あなたの能力が原因だ」と、言えるでしょうか。とても、言えないはずです。あなたの自己誤診は、ここで完全に反証されました。

上司でもない。部下でもない。あなたでもない。それなのに、全員が確かに詰んでいる。では、犯人は、いったい誰なのでしょう。

犯人は、「仕事の設計」です。個人の悪意でも、誰かの能力不足でもありません。役割の線引きがあいまいなまま、責任と調整だけが積み上がっていく―その設計そのものが、関わる全員を、それぞれの持ち場で苦しくさせているのです。

ただ、ここで一つだけ、どうか誤解しないでいただきたいのです。「構造が悪い」というのは、「だから何もできない、自分は被害者だ」という結論ではありません。それでは、せっかく特定した苦しさが、また諦めへと逆戻りしてしまいます。犯人が構造だと特定できたということは、これでようやく、正しい相手と戦えるようになった、ということなのです。自分を責め続けるのをやめて、本当の原因のほうへ、手を伸ばせる。原因がはっきりする、というのは、そういうことです。

2.8 苦しさの正体

それでは、この苦しさについてはっきりさせましょう。

あなたの苦しさの正体は、能力不足ではありません。プレイヤーとしての仕事を十分に減らさないまま、マネジャーとしての責任と、境界の曖昧な調整業務まで積み重なっている―その仕事の構造と設計そのものが、あなたを苦しくさせているのです。

厄介なのは、この設計上の問題が、日々の忙しさに紛れて見えにくくなっていることです。だから、「自分の努力が足りないせいだ」というわかりやすい説明に、つい飛びついてしまう。けれど、原因はあなたの中にはありません。プレイヤーの仕事を残したまま、マネジメントの責任と調整業務を積み増やされている、その仕事の設計にあります。

ここで、この章を「読んで終わり」にしないために、あなた自身の手で、一枚の図を完成させてみませんか。題して、「自分専用の詰み解剖図」です。

書き終えたら、その一枚を、しばらく眺めてみてください。さっきまで「自分が悪い」という一語に潰されていた苦しさが、複数の名前のついた、輪郭のある地図へと変わっているはずです。苦しさは、まだ消えていません。けれど、見えるようにはなりました。見えないものとは戦えませんが、見えるものに対してなら、きっと手の打ちようがあります。

2.9 では、何を変えればいいのか

ここまでで、診断は終わりました。あなたの苦しさには、ちゃんと正体がありました。それは構造であり、いまその解剖図が、あなたの手元に一枚あります。

そうなると、当然、次の問いが立ち上がってくるはずです。

「構造が原因なら、じゃあ、その構造を、どう変えればいいんだ?」

ここで、どうか急がないでください。もし、いまのあなたがこの問いに、「上司を説得して仕事を減らす」「部下にもっと任せる」と答えたくなったとしたら、それはまだ、少しだけ早いのかもしれません。なぜなら、その答えはどれも、「いまのマネジャー像のまま、量をどう減らすか」という発想にとどまっているからです。量を減らすだけの戦いは、また別の割り込みに、すぐ埋め戻されてしまう。あなたはそれを、もう何度も経験してきたのではないでしょうか。

本当に問い直さなければならないのは、もっと手前にあります。

そもそも、マネジャーであるあなたは、何のために、そこにいるのか。あなたがチームに提供している価値とは、いったい何なのか。

漫画のハジメが、終電前のホームで立ち尽くしながらこぼした、あの問い「あんなに考えて課長になったのに、どうしてまた、ここに立っているんだろう」。あれは、敗北の言葉ではありませんでした。実はあれこそ、いちばん大事な問いの入口に、彼が(そしてあなたが)ようやく立った瞬間だったのです。かつてハジメは、テツコから「リーダーの資質とは何か」を問われ、それは資質ではなくスキルなのだと、一つの答えにたどり着きました。けれど、たどり着いたはずの場所で、また詰んでしまった。それは、彼が間違っていたからではありません。問い直すべき相手が、もう一段、奥にあったからなのです。

苦しさの正体が「構造」だと分かったいま、次に解剖すべきは、その構造のまんなかに座っている「マネジャーという存在そのものの価値」です。減らし方を考える前に、まず、向き合う相手を変える。何を減らし、何を残すのか―その判断は、あなたが本来どんな価値を提供する存在なのかが分からなければ下せません。次の第2章では、マネジャーの仕事を「管理」から「価値創造」へと捉え直すという、この本でいちばん大きな問いに、あなたと一緒に踏み込んでいきたいと思います。

診断は、つきました。ここから先は、少しずつ、回復の道を、一緒にたどっていきましょう。


注・出典